2011年11月11日金曜日

39番延光寺~豊田茶道 4期 9~10日

きょうは関西4期の皆様とご一緒です。前回の足摺岬よりは30分ほどバスの時間が短くなりましたが、それでも京都からだと約8時間かかります。今日の歩きは、39番延光寺から、宿毛のローソンまでです。延光寺到着が16時前でした。ここからローソンまでは、約2時間かかりますから、着くころは真っ暗になると思います。懐中電灯を持ってのスタートです。途中、墓地の横を通るので???
延光寺前の参道も夕暮れ近いです。
 お参りは前回終わっているのですが、せっかく遠くまで来ているので、本堂でお経を唱えました。
延光寺の亀さんに、「またお参りに来ますからね」と、ご挨拶して、赤くなった、唐辛子畑の横から、遍路道に入ります。
山の向こうに出るのは、10分ほどで出ますが、山の中は夕暮れが早くて暗くなりますから、足元に充分注意です。
 山道を降りると、民家の脇に古びた道標石が建っていますが、延光寺への山道を指す手形が解るくらいでした。ここから約10分で56号に合流します。

車の多い56号を道なりに上がっていくと、聖ヶ丘病院の前に、ボーリングのボール?らしきものを並べているお家がありました。タイガース仕様もありました。
 峠から旧道に入り、少し行くと真っ赤と黄色の{けいとう}?がとっても色鮮やかでした。その先に古石塔群の立て板がありますが、よく分かりません。上の窪みにある石塔がそうでしょうか。
 
暗くなる前に越えたかった、墓地公園が見えてきました。良かったです。まだ明るかったから。子供の頃の「肝試し」を思い出しました。今日は多勢の方と御一緒なので心強かったです。旧道を下りて和田交差点横の宿毛自動車学校まで来ると、すっかり日が暮れてしまいました。
 バイパスと別れて旧道に入ります。約15分行くと、「宿毛大橋」を渡ります。その向こうにはバイパスの新宿毛大橋?が見えます。

宿毛大橋の西袂には道標石が建っていました。その横にトイレがあります。今日初めての小休止です。暗くなるので先を急ぎました。ゴメンナサイ。ここからは宿毛市内に入るの街灯もあり、明るいから一安心です。
街中に入ると街灯が点いていて歩くのに充分でした。東北震災で東京が節電した時、自販機の灯りがヤリ玉にあがり、都知事とRさんが遣り合っていましたが、確かに自販機の明かりは想像以上に明るく、夜道には助かりますが・・・・。
宿毛の街中にいかにも古そうな、お醤油屋さんがあります。この家をみると、私の家も醤油屋、だったので、昔を懐かしく思い出します。思い出の中には、家にたち込めていた、醤油の匂いも出てきますョ。この町はいつ通っても、懐かしい子供のころを思い出させてくれます。明石寺のある、卯之町にも古いお醤油屋さんがあり、懐かしい臭いが漂ってきます。
17時55分です。宿毛ローソンに着きました。辺りは真っ暗になっていて、ローソンの明かりが眩しかったです。高知の最西端の町までやって来ました。大変お疲れ様でした。明日は松尾峠を越えます。ゆっくりお休み下さい。ありがとうございます。
今日(10日)は豊田の青果市場のそばにある豊田茶堂までです。
 おはようございます。朝七時半です。今日は昼から雨の予報です。一本松に着くまでもってくれれば良いのですが。今日越える松尾峠をローソンから望みます。五分行くと、「宿毛貝塚」があります。
 愛宕神社、厳島神社、八幡神社の鳥居を過ぎた辺りから、急坂になります。五分程頑張って登ると、舗装道路が切れて、地道に入ります。
 松尾峠への遍路道は右に行ったり、左に曲がったりと初めての遍路には迷いやすい道が続きますが、要所には必ず案内板がありますから、それに沿ってゆっくりと進めば、そう迷う事はないと思います。でも迷いやすい遍路道ですから注意が必要です。
 錦村をすぎ小深浦の集落が見えてきます。ここから山道に入りますが、この看板が見えてくれば大深浦の道路まであと少しです。
 舗装道路に出て少し行くと、関所跡があります。現在も関守のご子孫の方が住まわれているそうです。
この道標石を左に曲がると松尾峠の登り口に着きます。ここまで一時間です。山道を通って来たのでだいぶ登った気がしますが、ここは里です。これからが登りの本番です。
 急な坂道をゆっくりと登ります。5分行くとみかん畑があります。先月通った時はまだまだと思っていましたが、だいぶ黄色くなっていました。伊予ゴールドという品種には袋が掛けられています。
 杉林を過ぎると険しい登りが続きます。松根油の看板辺りから、街道の石畳の看板の上までが、きつい登りです。
 急坂には階段と石畳が定番です。ここの階段も蹴上げがまちまちで、「よいしょ」の掛け声を掛けながら上がります。この道標が見える所が一番きついです。
 道いっぱいに根をはった大きな木の根の上を歩きますが、この木はなんの木なのでしょうか。
ここを過ぎると、ベンチの置かれた休憩所に着きますが、前の木が大きくなりすぎてあまり見渡せません。本来なら宿毛市の西端ときれいな宿毛湾が見渡せるはずですが。
 10分少々で松尾峠に到着です。麓から約一時間でした。雨も降らずに助かりました。

これより東、土佐藩、これより西、宇和島藩の境界石が建っています。
大師堂の扉を開けてお参りします。正面にお大師さまがおられますが、その上にこんな種字が書かれていました。お大師様を表す「ユ」の字ではなく聖観音様の「サ」でしょうか。今まで何気なくお参りしていましたが、疑問が湧いてきました。
承平・天慶の乱の片方、藤原純友の城址があります。ここからだと、沖行く船を見付けるのは容易だったと思います。愛媛県と高知県の境界石が建っています。
約30分で下の舗装道路に出ます。松尾峠への標識の 直ぐ側に杖が置かれていました。15分位行くと、ここにも宇和島藩の石柱がお地蔵さまの横に立っています。
 程なく春日神社のトイレに到着です。いつも清潔に清掃されたトイレです。思わず「ありがとうございます」を念じます。使う前より使った後が綺麗であるように、気をつけて使わさせて頂きます。
 隣りのお家の庭に「皇帝ダリア」の大きな綺麗な花が満開でした。20分でJA一本松に着きます。
 坂道を下りていくと、前回歩いた時に開店したローソンが見えてきました。こんな所でもやっていけるのかなあ~。交差点を渡り旧道を行くと一面のコスモス畑がありました。少し遅かったようですがそれでも沢山咲いていて、気分がホットして、ありがたいです。
いつもでしたらこのあたりからバスに乗り、一本松温泉まで昼食に行くのですが、今日は時間が早いこともあり、歩き終わりが観自在寺の手前ということで、歩き終わってからの昼食にしました。後約一時間少々です。札掛にある、篠山神社、一の鳥居 です。大洲の手前にも札掛の地名があるのですが、だいぶ趣きが違います。
 この近くに「駄場」という地名があります。このお家、懐かしい造りです。昔は多分馬小屋だったのではないでしょうか?左側に馬が繋がれていて、右の方には沢山の藁が積まれていたのを思い出しました。小さい頃、田舎では農耕馬と共に生活をしていました。前の週末に仏木寺(家畜堂がある)をお参りしたので、昔を懐かしむことができるのも、歩き遍路のありがたさです。
 「うさぎの耳」をショートカットして赤坂の遍路道に入ります。今日最後の坂道です。雨模様の空なので、夕暮れ時みたいです。
 上大道(かみおおどう)の大宮神社です。ここにも清潔で綺麗なトイレがあります。横には東屋もあり、野宿にはもってこいの休憩所です満倉小を過ぎて、30分ほど山道を下りると、豊田の町に出ます。この後、僧都川の堤防を数分歩くと終わりです。
 僧都川の堤防に出ます。川がきれいからか、ホタルも沢山いるようです。「カワセミ」も川面すれすれに飛ぶのを見ます。
 向こうの方には、南宇和病院の大きな建物が見えてきました。あの病院まで行くと、お寺まで30分で着きます。
今回の歩き終わりの豊田茶堂に着きました。お疲れ様でした。ここから観自在寺迄は約40分で着きます。次回は柏坂越えがあります。10月に3期の皆様とご一緒しましたので、UPしてあります。ご覧いただき、参考にしていただければ幸いです。
ありがとうございます。  合掌
素人ですが家内がホームページを作っています。宜しければご覧ください。http://fkeiko.web.fc2.com/

四国巡拝センターはこちらから  
http://www.junpai-center.net/ 


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