私の遍路は、毎月このチームからのスタートです。今回は宇和島の町を縦に横切り、57号を三間盆地に上がり、龍光寺、仏木寺を打ちます。南予の中心都市、宇和島は宇和島城を中心に発展した闘牛、とジャコ天、鯛めしで有名な城下町です。豊臣時代、藤堂高虎が7 万石で入封しました。高虎は関ヶ原の戦いで功を収め、加増を受け国府(愛媛県今治市)に転封し、その後に伊達政宗の庶長子の秀宗が10 万石で入封しました。それ以降は伊達氏が廃藩置県まで治めました。仙台藩の支藩ではなく新規に取り立てられましたが、仙台藩は支藩と主張し揉め事が絶えなかったといいます。木蝋を藩の重要産品とし、紙を専売としました。
宇和島の入り口にある、レストラン、お土産、真珠の販売で有名な「真珠会館」です。南予へのツアーバスは必ずと言っていいほどお世話になります。正面には金色の大きな闘牛が迎えてくれます。
祝森ローソンには14時半に着きました。京都から7時間半のバスの旅でした。いつものストレッチ体操をし、雨模様なので雨具を携えてのスタートです。前回歩き終えた、この場所覚えていますか?とお尋ねしたら、ほとんどの方が?でした。10分ほど行った川に、錦鯉が数匹泳いでいました。誰がが放したのでしょうか。
宇和島道路の高架が見えます。川筋の道から56号に出ると寄松の大きな交差点があります。
ここから宇和島警察の先まで車と自転車が多い国道歩きになります。が歩道が側溝に蓋をした上をパコパコ音をたてながら歩かなければならないので、わき道に入り住宅街を歩きます。
わき道に入ると、柿畑があり、富有柿がだいぶ色づいていました。祝森から45分ほどで、寄松ローソンに着きました。
寄松ローソンから25ふんで馬目木大師に着きます。大きなイチョウの木が大師堂を隠しています
お堂の裏側には、ウバメガシの大木の根が岩肌に喰い込んでいます。
馬目木大師を出て、狭い川沿いの遍路道を歩きます。家の間から宇和島城が垣間見れます。がこの川筋は道が狭いのに、結構、車がよく通るので要注意です。宇和島病院のよこから坂を上がると「木屋旅館」があります。宇和島の商店街「きさいやロード」に入るとすぐ、「唐まん」が美味しい「もなみ」さんがあります。
「唐饅頭」という名前の起源は不明だそうです。宇和島伊達藩の文献によれば、江戸まで運んだと記載されており、古くからこの地方では唐饅頭と呼ばれているみたいです。
広くできれいなアーケードが駅前通りまで続きます。この角を右折れするとすぐ、「田中蒲鉾店」があります。12月にこのお店の前を通ると皆さんおせち用にびっくりするほど買われます。我々は12月は「おがた蒲鉾」の前を通ります。揚げたてのジャコ天と蒲鉾が美味しい店です。
振り返り上を見上げると宇和島城が間近に見えました。
可愛い壁画が描かれた、幼稚園を過ぎると、龍光院さん到着です。長い階段は111段あります。108の煩悩に三世(過去・先祖、現在・自分、未来・子孫)を加えた数になっています。
石の階段、途中には石像の仁王さまがおいでです。階段途中にあった、中務茂兵衛さんの遍路道標石には「和霊社、百九十度目」とありました。
上手場は大きな龍の口から、水が出ています。龍光院さん本堂と大師堂です。龍光院さんは 元和元年(1615年)伊達秀宗が宇和島藩主として入部した時、宇和島城の鬼門にあたるこの場所に、宇和島藩の安寧と領民の安泰を祈願して栄瑜(えいゆ)上人を開山和尚に迎え、寺院が建立されました。以後、宇和島藩伊達家の祈願所となり栄えた。
平成二年に「除災招福大観音像」が建立されました。一石彫としては西日本一の大きさです。石に上がり大師堂の屋根、左奥に拝めます。手水場の左に松尾芭蕉の句碑、「父母のしきりに恋し雉の声」 があります。芭蕉のお母さんが宇和島出身に因んだものです。
振り返ると、宇和島城天守閣が見えます。今夜の宿、宇和島国際ホテルがすぐそばです。
ホテルまで歩いて帰ります。雨が降って来ました。お疲れ様でした。ゆっくりお休み下さい。
明日も元気に歩きましょう ありがとうございます。
今日の予定は56号を務田まで上がり、道の駅「みま」に寄り、それから41番龍光寺、42番仏木寺を打ちます。7時30分体操をした後、ホテルの方々に見送られて、出発です。
大通りに出るとすぐJR宇和島駅があります。ビルはホテル、駅前は宇和島バスのターミナルになっています。5分行くと予土線の踏切りを渡ります。宇和島駅のホームが見えますが線路はここで終わっています。
少し行くと民家の前にこんな石像が置かれていました。「だるまさん、にらめっこ」でしょうか。
10分行くと北宇和島の駅が奥まった所にありました。
予土線の踏み切りを再び渡り57号に出ます。だるまさんのお家辺りから57号に出るまでの遍路道は、ウイークデーは車が多く、危い思いをさせられるのですが、今日は少なくて助かりました。
57号に出るとすぐ、今日のお昼ご飯をいただく「クアハウス」が見えてきます。
梅林口、光満(みつま)、中畑のバス停をすぎると、新屋敷に遍路小屋があります。
三間町の看板が見えてくると、もうすぐ務田です。
道の駅「みま」に立ち寄るのでこの小山を越えて行きます。小山を越えると「みちの駅、みま」です
道の駅、で小休止の後、龍光寺に向います。約20分で着きます。途中こんな饅頭屋さんがありましたが? 龍光寺山門です。神仏習合の寺ですから山門は鳥居です。参道が階段下まで続きます。奥の方に老夫婦がやっている美味しい和菓子屋があります。おみかんなどのみやげ物やもあります。
階段を上がると仁王様でなく、狛犬が出迎えてくれます。左に本堂、右手に大師堂があります。
狛犬のそばには、お地蔵さまが立っておられます。大師堂には金色に輝く孔雀明王が鎮座します。孔雀は毒草や毒蛇を食べることから、あらゆる毒を取り除くとされ、病気平癒や延命の信仰として知られます。明王の中では唯一、憤怒の相でなく菩薩さまのような優美な姿をしているのが特徴です。
お稲荷さんと狐の関係は、「お稲荷さんの使い走りをしていたのが狐」いう関係です。
お稲荷さんのご真言 のうまく さんまんだ かりかく そわか
熱心にお参りをされている、ドイツ人にお会いしました。茨城県に住まわれている、デートリッヒさんご夫婦です。現在五回目の歩き遍路だそうです。12月には先達になるとのお話でした。私も昇補で12月に善通寺さんに行きますよと、再会を約して別れました。
裏山の、荒れた下り道に注意しながら降りるとを31号に出てます。川に沿って農道を40分ほど行くと仏木寺に着きます。この道は別名「コスモス街道」と言って10月には畑一面にコスモスが咲き誇ります。街道筋に植えられたコスモスは地元の小学校の父兄が植えたものです。今日はまだ少し残っていました。前を行くのはデートリッヒご夫妻です。仏木寺、到着です。新築なった山門から入ります。山門から入るのは久しぶりです。修行大師さまがお出迎えしてくれます。雨足が強くなってきました。
階段を上がると左手に鐘楼堂があります。 仏木寺の鐘楼堂は四国霊場では珍しい茅葺(かやぶき)の屋根で元禄時代に再建されたものです。左折れして手水場のところから階段を上がると正面に本堂があります。
本堂には「草も木も仏になれる仏木寺 なお頼もしき鬼畜人天」のご詠歌が掛かっています。
上の方には、胎蔵界五仏の一つ、開敷華王如来を祀る額が掛かっています。上に大日如来の額もあります。、密教の世界観を表した両界曼荼羅の1つ、「胎蔵界曼荼羅」で、中心に位置する五体の仏さまの中の一体である開敷華王如来は、南方に位置し「修行」(悟りへ向かって努力を積むこと)を表します。中心は大日如来です。
本堂横には家畜慰霊の祠があります。ミニチュアの牛や馬の草鞋を初め、牛馬の陶磁器、扁額などが、所狭しと奉納されています。近隣の農家では、田植えが終わったころに参拝に行き、牛馬の守護札を受けて帰り、畜舎の柱に貼っていました。昔は農耕を共にした家畜たちの安全を祈願していましたが、最近はペットなども含めて、動物一般の霊を供養したり、また、闘牛の飼育者の間にも信仰が広がっているといいます。
大師堂とその手前にある祠には、本尊大日如来を彫った楠の残りの霊木が祀られています。
鐘楼堂の横に伊予七福神の石像があります、前の建物の軒先を見ると、大きな「スズメバチ」の巣があります。今は蜂は入ってないようです。
山門を外に出ると、来月越える歯長峠が雨に煙っていました。今月は楽な歩きでしたが、来月は峠越えが二ヶ所あります。日暮も早いですから懐中電灯を持っての歩きになるかも知れません。
今回はここで歩き終わりです。
少し遅くなりましたが、「クアハウス」まで戻って昼食です。玄関には「牛鬼」が飾っていました。
雨の中お疲れ様でした。
ありがとうございます 合掌
家内がホームページを作りました。宜しければご覧下さい http://fkeiko.web.fc2.com/
四国巡拝センターはこちら http://www.junpai-center.net/


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