25.26日の歩き、関西5期のUPは2~3日後になります。宜しくお願いします。
今日のこのブログは10月7日にUPしている分も、合わせてご覧いただくと、よく分かります。
1期は、伊予菩提の道場、最後の歩きになりました。関の原から雲辺寺口まで約40キロ弱の行程です。今回は二日目に三角寺の登りと、椿堂から192号を境目峠までの登りがあります。一日目の寒川ファミマーまでは、楽な歩きですが、二日目は少し歩きがいのある行程になっています。
13時前に前回歩き終えた、関の原からのスタートでした。歩き始めの時間が随分早くなって来ました。この時間のスタートなら夕暮れまでに寒川ファミマーに着けそうです。これからの季節は夕暮れが早く、5時を過ぎると薄暗くなってきます。
讃岐街道を歩きます。30分行くと千束神社の狛犬がお迎えです。山側を見ると、赤い大鳥居が見えます。
その先の関川小にはこんな横断幕がかけてありました。ぐずつき気味の天気でしたが、雨が降ってきました。民家の軒先をお借りして、雨具の装着です。たいした降りにはならないと思いますが?
山合いにこんなおうちがありました。前庭にたくさん花が植えられ、スイスの山小屋の雰囲気でした。歩き始めて約50分で三度栗大師堂到着です。
大師堂の横には、栗では無く、みかんがたわわに成っていましたが、まだ青く、少し早そうです。
予讃線の踏み切りを渡ると、土居西幼稚園がありました。
別格12番延命寺に着きました。いざり松と千枚通しの寺です。
弘法大師千枚通授与之地、と書かれた石標、といざり松の言われの看板。
いざり松の横には、こんな石標もありました。
ご本尊は地蔵菩薩さまです。大師堂は建物の中にあります。千枚通しもこの中の納経所で授与されます。
四国のすべての道は金比羅さんに通じています。延命寺の角にも、こんぴらへ十二里の石標がありました。この池が見えてくると間もなく、11号を渡ります。
11号交差点から15分行くと、村山神社の上にゲートボール場があります。ここで一休みです。
米屋きしの看板からは想像出来ませんでした。倉庫一杯に米が積まれています。
小口販売もしてくれるのでしょうか
この地ではちょうど、秋祭り(太鼓祭り)でした。 豊岡橋の方から、道幅一杯になってくる屋台に出会いました。
今度の屋台は先ほどのより一回り大きく、車も付いていません。担ぎ手が担いでいます。100メートルぐらい行くと、台を下に据えて、休み休み進んでいました。屋台の重さを聞くと二tもあるそうです。子供の頃の屋台は全て担いでいましたが、人手不足なのか、今ではあまり見ることができません。久しぶりに担ぐ屋台を見ました。
屋台の上の二人は電線、電話線につかえるので見張っていました。拍子を取っている二人は女性でした。
今朝は出発が八時になりました。寒川の集会所前には出番前の屋台が置かれていました。
寒川小学校を過ぎて、森の翠酒造では、振る舞い酒の樽も用意されていました。ひよけ大師堂の前にあった、中務茂兵衛さんの百九十八回目の道標石です。ここからバイパスを渡り、サークルKまでは10分ほどで着きました。
中曽根小学校の横を通り中曽根神社を通り過ぎると、高速道路に出ます。その下を通り抜けた所に真念道しるべ石が置かれていました。
真念道しるべ石から、お墓の中を通り、戸川疎水公園に出ます。小休止の後、三角寺への最初の登りにかかります。
約10分行くと山上集会所の横に小林一茶のj腰掛石が頭上に見えてきます。一茶も急坂だったのでここで一休みしたのでしょうか。
腰掛石の先からいよいよ山道に入ります。谷筋を抜け、急な坂道のみかん畑を通り過ぎると急に視界が広がり、川之江方面が見えてきました。雨雲が広がっていますが視界は良好です。
地蔵堂を通り過ぎ、急な山道を上がります。台風の影響でしょうか。倒木もある地道を進みます。
きれいに手入れされた、杉林を過ぎるとすぐ、上の林道に出ます。この道は腰掛石の所からの林道で、くねくねと曲がった狭い道が三角寺まで続いています
戸川公園から一時間あまり、三角寺到着です。この寺のへの階段は古い石段を繋いでいますから蹴上げが一定で無く、注意して上ります。特に今日のような天気のときは、降りるときは要注意です。充分用心して手摺りを持って降りてきます。山門には鐘があります。今からお参りさせていただきます、と念じて、心優しく撞いてください。
大師堂下のもみじが、うっすらと赤くなりかけていました。
ご本尊は弘法大師作といわれる、十一面千手観世音菩薩、です。向かって左側の柱には安産御腹帯授与所と書かれた木の板が掛かっています。「子宝杓子、こだからしゃもじ」、のお話のお寺です。手洗場の横には、一茶の句碑があります。「登りがい」があったでしょうか?
この寺の名前にもなった三角の池にある、弁財天の祠です。お大師様はここに三角の護摩壇を築いて二十一日間「降伏護摩の秘法」を修法されました。その護摩壇の跡が、三角の池の中の島として残っています。横の薬師堂は魚の目やイボが治るご利益があると言われています。魚の目には蛸の絵を描いた絵馬を奉納します。イボは松かさのように、ポロリと落ちるそうです。
境内では十月桜が咲いていました。
今日の昼ご飯は、昔屋の「竹籠弁当」です。があいにく小雨が降ってきました。
お寺の境内には小さな東屋があるのですが、また階段を上がるのが億劫で駐車場での食事となりました。ベンチも無く申し訳ありませんでした。食事の後、山を降りる道を行かずにそのまま山を横切ります。15分ほど行くと反対側の山に、さっき弁当を食べた駐車場と三角寺が見えます。
山中を進むと通行止めの看板がありました。今更引き返せないし、進みます。少し行くと道のほとんどが陥没し、人一人を通してくれるようになっていました。復旧にはかなりかかりそうです。
50分ほどで、ゆらぎ休憩所、到着です。晴れていれば雲辺寺山が前方に見えるのですが。今日は雲がかかって見えません。山を降りて行くと、高知道が見えてきます。この上を何度通ったことやら。これからも何度通ることやら、明日も五期の皆様と久百々まで行くので、通ります。
弘法大師御杖の椿、が山門入ると右にあります。
椿堂を出て約一時間、192号をだんだん上がっていきます。葱尾を過ぎ、七田に来るともうすぐ峠道にさしかかります。が体力的にきついので峠越えをせず、トンネル越えで行きたい、とのご意見が出ました。皆さんに諮ったら、トンネル越え、との意見が多かったので急遽トンネル越えに変更しました。時間も、もう四時近くになっていました。トンネル越えなら四時半過ぎには終われますが、峠越えだと40分くらい余計に時間がかかります。
約30分少々で境目トンネルを抜け、192号から旧道に入ると、佐野小学校があります。そこから約10分ほどで今日の歩き終わり、雲辺寺遍路道入り口、の標識は現れます。今回はここまでです。次回は左に道を折れると、すぐ山に取りつきます。今日は24キロ程の歩きでした。山登りが2回ありましたが、皆さん最後まで良く頑張ってくれました。
二日間で40キロ近く進みました。お疲れ様でした。次回も雲辺寺の登りがあります。楽しく歩き、頑張りましょう。
ありがとうございます 合掌




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