10月15~16日は大阪3期の皆様と、菊川小から祝森ローソンまで歩いてきました。と言っても、柏坂越えが日没にかかり、越えることが出来ませんので、今日も逆歩きになります。歩き始めの芳原サンクスには、2時前に到着しました。大阪から7時間のバスの旅でした。
今日はここから、津島の町を通り、松尾トンネルを通らず、峠越えをして、祝森ローソンまで歩きます。
宇和島道路を出たところにある、津島やすらぎの里に、身支度とトイレ休憩に寄りました。ここは温泉もあり、地元の人々のオアシスと言った所です。土曜日と言うことで駐車場は一杯でした。
芳原川の横にサンクスがあります。今日はここからスタートです。トイレもやすらぎの里で済ませてきたので、体操をしてから出発です。あいにく、このころから、雨が降り出しました。
サンクスから津島方向を望みます。堤防の上にサイクリングロードがあります。
サイクリングロードが遍路道も兼ねています。自転車は通学の時間以外はあまり通りません。
10分行くと、津島大橋です。今日は橋の上の工事しているので、ガードマンが数人出ていました。
お陰様で道路を横断するのを誘導していただきました。ありがとうございます。
大橋から旧道に入り、岩松川沿いを進むと大畑旅館が見えてきました。獅子文六さんが”てんやわんや”を執筆した部屋が今も残るそうです。ここに泊まるお遍路さんも多いそうです。
旅館前にある、説明です。旧道を出ると岩松橋です。この橋は長い間付け替え工事が行われていて、その間交通量の多い56号を歩いていたのですが、やっと出来上がっていました。これで危険な所を歩かずに済みます。
川の横の散歩道を通ってしばらく行くと、県立津島高校の正門に着きました。
このツアーにご参加の、Aさんがこの高校のご出身だそうで、○○年ぶりに通られたそうです。
ん~十年後、お遍路さんで母校の前を歩くとは、思ってもみなかったのではないでしょうか。ご縁に、ありがとうございます。
旧道を進み、56号に出て道なりに上がっていくと、松尾トンエネルが見えてきます。トンネル手前で、トイレ休憩で再び、やすらぎの里 を利用させていただき、帰ってきて、この場所からの再歩行です。
宇和島道路が開通しトンネルを通る車も半減したので、トンネルを通るお遍路さんも以前のように排ガスで苦しい思いをしなくても良くなったのでは?。雨の日はトンネル越えが楽なのですが、私たちは雨にも負けずに峠越えです。トンネルすぐ手前から山道に掛かります。上がるとすぐ、こんな遍路小屋があります。
雨の山道は驚くほど薄暗くなっています。てんやわんや王国と書かれた遍路標識に沿って山を上がります。途中だいぶ道が傷んでいて、岩が沢山転がっていました。今年は雨が多かったのか、遍路道の山に入ると、傷んだ道が多く見受けられます。
伸びた草を掻き分け、進むと、霧に霞んだ、峠の東屋が見えてきました。一人だったら寂しい所ですが、今日は大勢なので、安心です。
かすんだ東屋の天井には、岩松川に棲むオオウナギが、木で作られ掛かっています。それにしても良く出来ています。
東屋を横から見ると、人という字が見えます。現在4時ですが、峠は夕暮れ時の暗さです。
休憩時間を切り上げ、下に降りていきました。
20分程で下道に降りて来ました。雨も上がり山を見ると雲の上に頂きが見えました。
少し行くと大きな採石場があります。手前に遍路道を守ろう、の看板が出ています。何年も前から立っています。その先採石場を通る注意書きがあります。
大きな採石場から道路に出ると、小さな橋を渡り、薄暗くなった山道に入ります。
横の川が大きな音を立てて流れ、岩場が滝になつていました。
下道に出ると闘牛大会のポスターが貼って有りました。10月23日正午開催とありました。次回開催は正月二日です。年に五回開かれるそうです。いかにも強そうな名前が並んでいます。
高速高架下を過ぎ、旧道に入ります。
以前からこのお家の前を通ると、前に出してある桶の中で、めだか が沢山泳いでいて、気になっていました。今日はお家の方がおいでたので、中まで見せていただきました。
白いメダカ、赤いヒメダカ、倉庫の中には、京都系らんちゅう?までが沢山泳いでいたのにはびっくりしました。これだけ沢山いると飼育がたいへんでしょうね。
明日の日曜日はこの地区の運動会でしょうか。小学校の運動場ではすっかり準備完了です。雨も上がったみたいです。56号に出るとすぐ、今日の歩き終わりのローソンが見えてきました。
雨の中、お疲れ様でした。明日は柏坂越えです。頑張りましょう。 ありがとうございます。
10月16日日曜日(二日目)
昨夜は柏村、Deai21の前の”旭日旅館”さんで泊まりました。美味しい夕食をお腹一杯いただき、
カラオケを堪能された方もいたようで、皆さん満足の様子でした。今日はお昼のお弁当もお世話になります。嵐坂のポケットパークでのお昼になりますが、天気は大丈夫みたいです。
9月に歩き終えた、今回の出発地点、菊川小学校までバスで移動します。ストレッチ体操をして筋肉をほぐし、朝7時40分に山田商店横からスタートです。20分行くと眼下に室手海岸が見えてきました。今日は快晴ですが、遠くが霞んでいて九州までは見えません 。
内海展望所を過ぎます。柏村の旭日旅館まで55分で帰って来ました。ここで一息入れ、いよいよ柏坂に向かいます。
旭日旅館さんの向かいを川筋に添って進みます。途中、中務茂兵衛さん184度目の道標石が
平城(観自在寺)へ2里の標石と一緒に建っていました。
月始めに、西条の加茂川を歩いていたら、地元の方が沢山でて、堤防や河原の掃除をするのを見かけましたが、10日後に西条祭りがあるから、との事でした。今日も多くの方が川の草刈や大掃除をしていましたが、来週ぐらいにお祭りがあるのでしょうか?私たちが気持ちよく歩けるのも、こうした地元の皆様の努力の御陰です。ありがとうございます。
柏坂はこの民家を左折れして細い道を行くと、急な山道にすぐさしかかります。昔、柏坂は御荘~宇和島を結ぶ生活道路でもあり、四国八十八ヶ所巡拝道でも ありました。
この地と野口雨情の関係はどうか知りませんが、遍路道にはたくさん句碑が建てられています。
「松の並木のあの柏坂 幾度涙で越したやら」
一時間ほど山を登ると、柏坂休憩地、柳水大師に着きます。東屋の向こうに石像がありました。「昔、柏街道のこの地に、四国遍路の弘法大師が立ち寄られ、往還の旅人の喉の渇きを癒すため柳の杖を地面に突き立てたところ、甘露の水が湧き出たので柳水と呼ぶようになったという」という説明の看板が立っていました。
柏坂が本当にきついのは、柳水大師から清水大師の手前まで、20分ぐらいです。急勾配の坂が続きます。右写真の下の方に清水大師の小さな祠が見えます。清水大師は「ある年の夏、一人の娘巡礼が喉の渇きに、意識を失って倒れているところへ弘法大師が現れ、娘を揺り起こして傍らにあるシキミの木の根元を掘るようにと告げた。娘が掘り起こしてみると真清水が湧き出し、その水を飲むと持病の労咳がすっかり治ったという話が残る」とあります。また昭和15年頃までは、毎年旧暦7月30日になると、近郷の力士による奉納相撲が行われていたそうです。
つわな展望台に出ます。「つわな」とは「つわぶき」を意味するそうです。
展望台からは手前に由良半島、そしてその遥か向こうには大分県佐賀関のエントツが見えるはずですが、今日は見えませんでした。 またここには大蛇が住むという伝説が残っています。
つわな展望台で休憩の後、山を下ります。途中には面白い話を書いた看板が沢山ありました。
赤土が剥きだしになり、苔むした岩、如何にも滑りそうな下り道を慎重に降りました。45分で茶堂休憩所に着きました。ここまでくれば一安心です。
こんな山中に一軒家があります。いつも話好きのお婆さんが畑をしているのですが。今日は家の中から出てきてくれました。初めてここを一人で通った時、あんたどこから来たん、どこで泊まるの、などと質問攻めに合い、最後に、しっかり働きや と言われたのを覚えています。赤土が剥きだしになり、苔むした岩、如何にも滑りそうな下り道を慎重に降りました。45分で茶堂休憩所に着きました。ここまでくれば一安心です。
小祝中橋に出ると4時間の山道歩きも終わりです。
56号の大門に出て、バスで2~3分の嵐坂の公園まで行き、お弁当を広げます。現在12時35分予定どうりに柏坂を越えてきました。全員無事に感謝です。
嵐坂ポケットパークは風園と言うのですね。旭日旅館の弁当はぎっしり詰まっていてボリューム満点でした。35分で食べるのが一杯という感じで、お腹が満腹になりました。それにしても良い天気で良かったです。一期の時は、わな展望台から雨に降られて、バスの中で食べたのを思い出しました。食事の後、バスに乗り大門まで帰り、56号から分かれて再び旧道に入ります。後、一時間の歩きで、昨日のサンクスに着きます。
畑地の小学校を過ぎ、金剛橋を渡ると後、20分ほどです。
金剛橋のたもとにある道標です。41番龍光寺の表示が見えます。昨日歩いたサイクリングロードの南端でここから始まっています。
オオウナギが棲むという芳原川です。いかにも大物が居そうです。
サンクス到着です。14時25分でした。この後、津島やすらぎの里でお買い物、着替えをし、帰途に着きました。皆さんお疲れさまでした。
ありがとうございます 合掌

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