2012年1月2日月曜日

明けましておめでとうございます。横峰寺へんろ道

明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願いします。

讃岐の国の一の宮、田村神社です。83番一宮寺は江戸時代初期までこの神社の別当寺でした。下はその横にある「宇都伎神社と水神さま」です
徳島市は穏やかな元旦でした。
2012年の最初のブログは、昨年11月28~30日にNK-1ツアーで行った横峰寺へんろ道の近況です。9月の台風で荒れたへんろ道が通行出来るかどうか、心配しながらの歩きでした。
今回はバスで横峯登山口まで行きました。7月に行った時は滝のように水が落ちていた水飲み場も今日はチョロチョロと水が出ている程度でした。
いきなりこの看板です。身体中に緊張が走ります。もし、危険で引き返して来るような事にならないように?南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛、念じながら出発です。
少しの雨でも水が流れている階段が今日は乾いています。これなら大丈夫?気が少しホッとします。少し行くとこの木橋があります。最初の心配、この木橋が流されていないか、心配でしたが大丈夫でした。これなら大したこと無いな、?
心配しているのは、この渓流沿いの道です。数年前もこの道が寸断され、随分長い間と通れませんでした。やはりいつもより川には大きな流木が多いです。
どのように流れてきたのか大木が数本、大きな岩に乗り上げていました。細いへんろ道にも小枝がたくさん引っ掛かっています。
渓流を渡る鉄製の橋が少し下流の方向に流されています。杉の大木がこの橋に乗り上げて止まっていました。その先のコンクリート製の橋の手前部分が流されてありません。ドキッ。南無大師遍照金剛。南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛、心で唱えながら歩きます。
手前に数個、大きな石を積み上げてあったので、かろうじてよじ登ることが出来ました。それにしてもこんな大きな石を積み上げるの大変だっただろうな!感謝です。ありがとうございます。
更に進むと今度は流木と岩が道を塞いでいます。滑らないように慎重に進むと、またまた橋だけが残り道路部分が流されていました。どうしてあの橋に上がろうかな?

どうにか膝を突いて上がれました。こんどは岩盤の上に樹木が重なっています、その先の橋も手前の道路が流され、先ほどの橋より高い所を上がらなければなりません。山側に一度上がってから橋に上がりました。やっとの思いであがると今度は道の、のり面が流されて崩壊しています。道がありません。ここまでかと思いながら、恐る恐る滑らないようにで進みます。
道が無くなり、コンクリートの断片だけが残った上を、そろりそろり。ここで道がなくなりました。が幸いな事に、何とか渡れるだけの岩が渓流の中に残っていました。ここを過ぎれば渓流と分かれて尾根道に入ります。水の心配はこの辺りまででした。
尾根道にかかる階段にかなりの流木片が掛かっていましたが無事通過です。急斜面の登りも道が流されていましたがたいしたことが無く、一安心でしたが、皆さん「遍路ころがし」の急坂で大変だったようです。
倒木が折り重なった横を過ぎて、後十丁の石標まで来るとかなり登ってきたので、もう大丈夫と一安心ですが、この先土砂崩れは無いでしょうね。ここから引き返すのはツライですヨ。
結構きつい階段を登る事十数分、ここまで来ればお寺まで、後20分少々で着きますが、後400メートルの標識からは最後のきつい階段が待っています。
階段を上がると、左前方、林の向こうに新築なった納経所の建物が見えてきました。さらに進むと右上に山門が見えてきます。かなりきつい斜面を上がります。山門に着きました。この山門をくぐるのは、岩屋寺もそうでしたが、厳しい「遍路ころがし」を歩いてきた遍路だけが味わえる、「ありがたさ」です。
山門を入ると石柱の門が迎えてくれますです。清清しい心から、ありがとうございます、の言葉が自然と出てきます。上を見上げると本堂裏の建物が修復中でした。この建物も台風の影響を受けたのでしょうか?境内は山の北側の中腹(750m)にあります。八十八ヶ所の中では3番目の高さで、「遍路ころがし」の最難所をあがって来ましたョ~。

本堂下にある納経所です
手洗場で手を洗って階段を上がると正面に、右手に剣、左手に星供の巻物を持っている「星供大師」像があり、右側に本堂があります。
 白雉(はくち)2年、役行者(えんのぎょうじゃ)が石鎚山の星ヶ森で修行をしていると、山頂付近に蔵王権現が現れたとい言います。その姿を石楠花の木に彫り、小さなお堂を建てて置かれたのが創建とされています。また、延暦年間(782〜806)には石仙仙人という行者が住んでいました。その時に桓武天皇(在位781〜806)の脳病平癒を成就したことから、仙人は菩薩の称号を賜ったと伝えられています。本堂は神社風の権現造りです。ご本尊は弘法大師作と伝わる大日如来坐像です。鎌倉時代の金銅蔵王権現御正体像も一緒にお祀りしています。弘法大師がこの寺で厄除けと開運祈願の星供養の修法をされたのは大同年間(806〜10)でした、この時、やはり蔵王権現が現れたのを感じとられ、建物を整備して霊場としました。以来、神仏習合の別当寺として栄えましたが、明治新政府の廃仏毀釈令により寺は一時廃寺となってしまいました。が、明治42年に復興しました。その名残で本堂の前には狛犬が鎮座しています。蔵王権現は、役小角(えんのおづぬ、7世紀頃の山岳修験行者)が、吉野の金峯山で修業中に現れた、という言い伝えがある。釈迦如来、千手観音、弥勒菩薩の三尊の合体したものとされます。)
本堂の反対側に大師堂があります。本堂から大師堂の横の山際には石楠花がびっしり植えられています。ゴールデンウイークの頃には鮮やかな薄桃色の花が、一面に咲きます。横峰寺は別名、石楠花の寺と言われます。麓からはこの時期、しゃくなげ見学バスが運行されます。
2009年5月10日に撮った満開の石楠花です。
御参りを終えて星ガ森に上がります。再び山門まで下りて来て、寺と反対方向の山道を上がります
 少しきつい坂道を15分ほど登ると「星が森」に着きます。
 
 うっすらとですが、霊峰石鎚山が遥拝できます。
2011年4月にはこんなにきれいに遥拝出来ました。
星が森からの下りは、お寺に降りてこないで林道を通って駐車場に行きました。横峰寺から香園寺に降りるへんろ道は約3時間強、みっちり下りが続きます。本当は登りよりも下りが大変です。が今日は時間の都合で京屋別館までバスで降ります。
その後、昨夜の宿「りんりんパーク」まで帰り、昼食の後、三角寺を打ち帰途に着きました。
今回は横峯登山道が台風で荒れていて、登れるかどうか不安でしたが無事終わる事が出来ました。終わってみれば、少し怖かったけど、楽しい歩きでした。時間も少し余分にかかったくらいで済みました。  
                                                  ありがとうございます。  合掌

1 件のコメント:

  1. 昨日、シルバー大学院の遍路講座に参加して3番金泉寺まで歩いた者です。各札所では色々な言い伝え等を丁寧に説明してもらってありがとうございました。一応区切り打ちで88か所は巡ったのですがゆっくりそのお寺を見るとまた新しい発見があります。今後もよろしくご指導をお願いします。

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