2011年12月13日火曜日

仏木寺~札掛P、3期、12月3~4日

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12月3~4日に3期の皆様と歩いた、仏木寺から札掛P、迄です。
この所、私の日程が忙しかったのでUPが遅くなりました。
12月に入り、日没がずいぶん早くなったので3日はサンクスから、札懸Pまで、4日が仏木寺からサンクスまで、と逆歩きでした。
3日は突風が吹き、突然雨が降る、大荒れの天気だったので、鳥坂峠を越える予定でしたが、たすきを架けてのトンネル越えになりました。





 
サンクスには13.20分に着きました。体操の後、出発です。すぐ前には、田んぼの中に馬券売り場がありました。ここなら公害の心配も無く、反対も無いのでは?
 5分も歩くと「おがた蒲鉾」さんに着きます。いつもトイレをお借りし、お世話になっています。非常に親切な会社で、遅く着いて油の火を落としていても、つけ直し、揚げたてのジャコテンを作ってくれます。今日は時間が無いので、明日帰りに寄る予定です。少し行くと面白く刈り込まれた木がありました。
おがた蒲鉾から40分行くと旧道から、56号に出ます。少し行くと正信のバス停に着きます。
 ここから鳥坂峠を越えると約3時間近くトイレが無いので、バスに乗り、先程のおがた蒲鉾までトイレに帰ります。今日はトンネル越えになりますが、トイレを借りに、バスで往復しました
正信バス停から再歩行です。5分程で鳥坂峠への分岐にかかります。今日はそのまま56号の登り坂を進むと鳥坂トンネルの入り口に着きます。手前に光に反射するタスキを入れてある箱がありました。トンネルの中はタスキを掛けての歩きになります。
 15~16分でトンネルを抜けました。幹線道路のわりには通行量が少なかったですが、時折大型トラックが通りますので、ドキッとさせられました。
お借りしたタスキを箱に返して、そのまま国道を行くのではなく、山道を登ります。
鬱蒼とした、杉林の中の急坂を登ります。すぐに上の林道(峠から約900メートル下った所)に出ます。
それから約50分舗装された林道を歩きます。途中道端に積み上げられたシイタケ栽培用の木が延々と続きました。
林道を過ぎ、急坂の落ちた紅葉の葉の絨毯を踏みしめ、下ると「佛陀懸寺」がありますが、今は廃寺になったのでしょうか。中にお大師様の立像が寂しく立っておられました。
 ここまで来ると大洲道路の料金所が見えてきました。南久米小には、ほとんど見かけなくなった、二宮尊徳さんの銅像がありました。
 橋の上から見える大洲料金所です。そこから約10分で今日の歩き終わりの札懸Pに着きました。
鳥坂峠を越えなかったので1時間早く着きました。今日はこの後、バスで約1時間、宇和島の手前のクアハウスまで移動します。明日は歯長峠越えと、その後距離を稼ぎます。少し大変ですから今日はゆっくりお休み下さい。お疲れ様でした。
 朝7.30分、クアハウスをバスで出発です。
8.10分にお寺を出ました。20分程で前回歩き終えた、仏木寺到着です。本堂をお参りさせていただいて体操の後出発です。
前方に歯長峠の山が見えます。中央の鉄塔のある低い所が峠です。
 15分程で、宇和島道路の工事現場横から山道に入ります。いきなりの急坂になります。
 石畳の所は急勾配の所です。約20分で上の国道に出ます。
国道を5分登ると峠への展望所に着きます。展望所と言っても回りの樹木が大きくなりあまり見えません。東屋があり10分休憩です。
 展望所を出るとすぐ、ここより200メートル急登坂とあり、鎖の手摺が張られています。
「南無大師遍照金剛」を唱えながら7~8分で登り上の山道に着きます。ここから峠まで10分ほどですが、歩きやすいきれいな道が続きます。まもなく歯長峠に着きます。
下から見えた鉄塔と、高い山がすぐ横に見えます。
 歯長峠からの眺望です。豊後水道あたりでしょうか、海が見えます。
歯長峠は下り道が非常に危険です。上の方は快適な下り道が続きますが、残り500メートルあたりからは、岩盤の上を歩いたり、段差の大きな階段があったり、木の根の上を歩いたり、狭い狭い足幅しか入らない赤土の急坂を降りたりと神経を使います。雨の日は危険なので国道を歩きます。
 峠から約50分で下の国道に出ます。橋の手前に歯長地蔵さんがあります。
 川沿いを歩き、国道から旧道に入ります。皆田小の前を11.00に通過です。
 今度は旧道から国道に出て歩くと、昼食を食べる「どんぶり館」が見えてきます。どんぶり館は平成の大合併により旧東宇和郡の4町(明浜町・宇和町・野村町・城川町)と三瓶町の合わせて5町が合併して西予市が出来ました。  『一つの器(どんぶり)の中に、それぞれの町の良い物、いい味を盛り合わせることにより、それぞれがお互いに引き立て合い、そして豊かな味わいを作り出す空間(どんぶり館)』になればと言うことで作られた施設です。
 昼食後どんぶり館を後にして明石寺に向かいます。40分でお寺に着きます。正面の山が明石寺です。今日は西予市の駅伝競走が行われていました。明石寺さんの入り口が折り返し地点でした。
 明石寺の山門は上にありますが、ここも神仏習合の寺でしたので、鳥居さんが寺の入り口です。その横には中務茂兵衛さんの百五十六度目の道標が立っています。
紅葉した参道を上がります。駐車場を過ぎ階段を上がると、山門があります。
明石寺の元の名称は「あげいしじ」ですが、現在は「めいせきじ」と呼ばれます。ご詠歌「聞くならく 千手の誓ひ 不思議には 大盤石も 軽くあげ石」からついたと伝えられ、現在でも「あげいしさん」「あげしさん」と呼んでいる地元のお年寄りがおいでです。山門は唐屋根は唐破風(からはふ)造りです。左右両端が反るように天を向き、柔らかい曲線を描いています。
本堂の格天井には絵画が描かれています。この寺の賽銭は床下に落とすようになっていたのを覚えていますか?賽銭箱は床下にありますから賽銭は床下から集めます。
 大師堂とその横に大きな杉の木、夫婦杉がありました。
しあわせ観音さまをお参りします。その横には池禅尼のお墓があります。池禅尼は平清盛の父平忠盛の正室で清盛の継母(ままはは)に当たります。平治元年(1159年)の平治の乱で平清盛が勝利し、その結果源義朝らの他の軍事貴族が駆逐されました。翌、永暦元年(1160年)2月源義朝の嫡子で13歳の源頼朝が平宗清に捕えられました。この時池禅尼は清盛に、頼朝が早世した我が子、家盛に生き写しだったことから助命を嘆願したといわれ、清盛はそれに折れて頼朝を伊豆国へ流罪に減刑したと言われています。歴史を変えた女性です。 

 紅葉した山門の横から山道に入り峠を越えて卯之町に入ります。
古い街並みと庄屋、鳥居半兵衛が建てた鳥居門です。庄屋には身分不相応な造りとして、宇和島藩からお咎めがあったそうです。

横丁に造り醤油屋さんがあります。私の家も昔、醤油屋だったのでモロミの匂いがとっても懐かしく感じられます。宿毛にも同じ匂いのするお醤油屋さんがあります。
日本一美味しいと評判のお漬物で有名な松屋旅館です。幕末から明治にかけ、この地は南予の政治・文化の中心でした。政治家、文人など、たくさんの人々が泊り、一筆残しています。館内にはその書が掲げられています。
今日は月に一度だけ内部が公開される、末光家の屋敷も見学できました。
開明学校は明治15年(1882年)に建築された小学校です。現在、国の重要文化財に指定されています。横には開明学校の母体となった私塾の申義堂も保存されています。また109メートルの長い廊下を使って、雑巾がけを体験することができる、旧宇和小学校、現在の、米博物館は少し離れた高台にあるので今回はパスします。
卯之町を散策した後、加茂のサンクスに急ぎます。途中、下松葉交差点を過ぎ、20分行くと宇和パークホテルの三角屋根が見えてきます。その先のローソンで一息入れる予定でしたが、時間がオーバーしているので歩きます。
 アサノセメントの横を通り、遍路道の川沿いを歩きます。
ローソンから約25分で今回の歩き終わりの加茂サンクス到着です。15.15分でした。
この後、おがた蒲鉾さんでトイレ、お買い物をした後、大洲から高速道路に乗り、帰途に着きました。今日は峠越えも含めて17キロあまりの歩きでした。お疲れさまでした。
次回は大洲、お花はん広場の散策、内子座の見学(個人払い)、高昌寺の涅槃釈迦如来石像、など見どころも盛りたくさんです。、ノーベル文学賞を戴いた大江健三郎さんの生家の先まで歩きます。今年も大変お世話になりました。来年も頑張って歩きましょう。良いお年をお迎え下さい。
ありがとうございます。 合掌

家内がホームページ、ブログを習っています。宜しければご覧」下さい。http://fkeiko.web.fc2.com/

歩き、バス、タクシー遍路の四国巡拝センターはこちらからですhttp://www.junpai-center.net/
                 


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